デビット伊東 ラーメン店を年商2億円に成長させた経営術とは?? [デビット伊東 ラーメン店を年商2億円に成長させた]
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デビット伊東 ラーメン店を年商2億円に成長させた経営術語る
1980年代に一世を風靡していたお笑いトリオ・B21スペシャルのメンバー、
デビット伊東(48才)。
芸能人と実業家の2つの顔を持ち、経営しているラーメン店は海外にも進出して計7店舗。
年商はなんと2億円!
そんなデビット伊東に、大手ラーメン店に成長するまでの道のりや極意、
ラーメンのこだわりについて語ってもらった。
俳優や実業家としてご活躍されていますが、どちらが本業ですか?
デビット:基本は役者ですよ。皆さん、2足のわらじだと思っているかもしれないけど、
1足のわらじがちょっと大きくなっただけ。足のサイズが合わないので、
必死にやっているんですけど。ラーメン屋さんはカウンター商売の舞台で、
芸能活動も舞台じゃないですか。だから共有しているんです、
ぼくの中では。全てが芸能なんです。
ラーメン屋さんはたまたまラーメンを作って出すという作業だけど、
お客さんを楽しませるというのが一番で、エンターテインメントとしては同じ。
ぼくが店に立っている時は、700円のチケット買ってもらっていると思っているので。
どちらかに力を入れているわけではないんですよね。
――『とんねるずの生でダラダラいかせて』(日本テレビ系)の企画で
2000年に渋谷にオープンしたのが最初のラーメン店で、今年で創業15年目ですね。
デビット:初めに作ったのは手間暇だけなんです。とんこつ、鶏ガラ、野菜スープ、
別々にだしを取って、それを寸胴の中にひとつの味にして1日寝かして、
というわけのわからない手法をやっていたんです。未だにそのラーメンが一番難しいです。
酸味味と名付けたそれは、もうやっていません。
認めてもらえなかったんです、お客さんに。
――お客さんの声を拾い上げて、味を変えていった?
デビット:ちょっとのことでわかるんですよね、客前に立っていると。
お残しがあったり、認めてもらえない感が、ひしひし伝わってくるんです。
食べた瞬間、「この味はどうすればいいんだ」っていう顏。そこからですね、
色々変えていったのは。その試行錯誤した2、3年の歴史があるから、
今は何があっても怖くないですね。あの頃は、変えては変えてはって感じで、
お客さんがつかなかったですね。
――そこから人気店になっていくわけですが、ラーメンのこだわりはありますか?
デビット:こだわりがないことがこだわりかもしれない。
品物でいうと、烏骨鶏とか利尻昆布とか、皆さんの知ってる高いものがあるじゃない。
それを使って、1200円のラーメンを食べる? ぼくはそれよりも、
冷蔵庫にあるものをプロとしておいしくして、安く提供するのがいいじゃないかなって。
でも味だけじゃないからね。結局、味って100%の中の40%とか30%とかなんでしょうけど、
それ以上に人です。従業員ですね。
――従業員にどんな教育を?
デビット:いらっしゃいませ、ありがとうございます、いただきます、ごちそうさまでした、
おはようございます、おつかれさまでした。この6つだけ言いなさいって。
――それだけ?
デビット:6つの挨拶だけ教えてから、3か月間はぼく、何も言わないんです。
楽しんでね、仕事は楽しいものだよと言って。3か月後ですね。
仕事ができるようになってから、目線ひとつから細かいことを教えます。
うちの会社の基本理念が、「誰かのために」というテーマなんです。
人のために生きられるような人間になりなさいと。彼女のためとか、奥さんのためとか、
友達のためとか、親のためとか。店なら全てはお客様のためにとなりますけど。
うちで働けば、どこでも通用する接客ができますよ。
――ラーメン店を始めてから、芸能界を一度、辞めていますよね。
デビット:中途半端でしょ。番組からラーメン店の話が来た時に、
面白いことができればいいなって。芸能界だけじゃなくて、
勝負できるものがあるのかなって。可能性とかにかけてみたくなったんですね。
0か100になるんです、ぼく。
――そこに葛藤はなかった?
デビット:まったくなかったです。当時は事故で、左足の膝から下がほとんど動かなかったんです、
腓骨神経麻痺という状態で。そのきっかけもありますよね。
医者からも、障害保険取りなさいと言われましたからね。
今はダッシュまでできますけど、膝から下の痺れは残っています。
あの頃は毎日、全く動かない足をずっと見ていました。
それで普通の生活をしていたら、ちょっと動くようになって。そこからですね、
必死に毎日、寝る暇を惜しんで動かすようにして。
それから18年くらい経っていますけど、なんとか歩くことができたという。
――おいしいラーメン店の見極め方を教えてください。
デビット:おいしい店は厨房がキレイだね。新店はだめよ、そもそもキレイだから。
こだわっている店は長く営業していても、どこかしらキレイだと思う。
うちも中延本店の厨房は、15年前から使ってますけど、ピカピカですよ。
キレイにしないと従業員を帰さないもん(笑い)。
――さすがですね。年商2億円ですもんね。
デビット:そうですね。一度がくんと落ちたけど、戻したから。
――すると気になるのは、年収ですが。
デビット:まったくもらってなかったんです、芸能の仕事でもらってるので。
ラーメンのほうは、利益があったら半分は従業員にボーナスで渡しちゃうので。
潤った時にはもらうけど。今はちゃんと給料制にしています。
――そうしたら、B21の全盛期のほうが多いですよね?
デビット:そう。今のほうが全然少ないです。でも、やりがいじゃないの?
――実業家であり芸能活動をされている方って結構多いですけど、ライバルは?
デビット:ライバルはわからないな…。でも、はるな愛には説教したことがある。
イベントに呼ばれると、ぼくは必ず顔を出すんです。
ギャラがなくても、お客さんのために行くんです。
するとはるなのお好み焼き屋もイベントに参加してるんだけど、はるなは来てないし、
客が並んでいて回ってないんです。粉ものだから時間がかかるんですね。
それではるなに言ったんです。「なんでお前、顔出さないの?」「営業じゃないもん」
「そういう問題じゃない。お前の看板でお好み焼き屋さんが来てるのに、
お客さんに失礼じゃないか」。すると「私は作れない」
「そういう問題じゃない。営業だったら来るのか。それはおかしいだろ。
両方ともちゃんとやってるんじゃないの?」「はい」って。
――それから、はるな愛さんは顔を出すようになったんですか?
デビット:なってない。
――響いてない!
デビット:賢示(はるなの本名)にはまったく響かない(笑い)
。でも、ああいうキャラだからいいんだよね、お店ってそれぞれの個性が大事だから。
【デビット伊東】
1966年8月12日生まれ。埼玉県出身。ホストクラブで出会ったヒロミ、ミスターちんと共に1986年、コントグループ・B21スペシャルを結成。一世を風靡した。その後『とんねるずの生でダラダラいかせて!!』(日本テレビ系)の企画によるラーメン店での修業を経て、『でびっと』をオープン。現在は7店舗を経営している。一時は芸能界から完全に引退していたが復帰し、俳優としても活躍中。
記事引用元
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20150707-00000006-pseven-ent
個人的な意見意見ですが・・・・
最近、メンバーの『ヒロミ』が再ブレイクして
テレビの仕事が急増していますが、
また、B21B21スペシャルのコントが観たいですね~♪
それでは今日はこの辺で!
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1980年代に一世を風靡していたお笑いトリオ・B21スペシャルのメンバー、
デビット伊東(48才)。
芸能人と実業家の2つの顔を持ち、経営しているラーメン店は海外にも進出して計7店舗。
年商はなんと2億円!
そんなデビット伊東に、大手ラーメン店に成長するまでの道のりや極意、
ラーメンのこだわりについて語ってもらった。
俳優や実業家としてご活躍されていますが、どちらが本業ですか?
デビット:基本は役者ですよ。皆さん、2足のわらじだと思っているかもしれないけど、
1足のわらじがちょっと大きくなっただけ。足のサイズが合わないので、
必死にやっているんですけど。ラーメン屋さんはカウンター商売の舞台で、
芸能活動も舞台じゃないですか。だから共有しているんです、
ぼくの中では。全てが芸能なんです。
ラーメン屋さんはたまたまラーメンを作って出すという作業だけど、
お客さんを楽しませるというのが一番で、エンターテインメントとしては同じ。
ぼくが店に立っている時は、700円のチケット買ってもらっていると思っているので。
どちらかに力を入れているわけではないんですよね。
――『とんねるずの生でダラダラいかせて』(日本テレビ系)の企画で
2000年に渋谷にオープンしたのが最初のラーメン店で、今年で創業15年目ですね。
デビット:初めに作ったのは手間暇だけなんです。とんこつ、鶏ガラ、野菜スープ、
別々にだしを取って、それを寸胴の中にひとつの味にして1日寝かして、
というわけのわからない手法をやっていたんです。未だにそのラーメンが一番難しいです。
酸味味と名付けたそれは、もうやっていません。
認めてもらえなかったんです、お客さんに。
――お客さんの声を拾い上げて、味を変えていった?
デビット:ちょっとのことでわかるんですよね、客前に立っていると。
お残しがあったり、認めてもらえない感が、ひしひし伝わってくるんです。
食べた瞬間、「この味はどうすればいいんだ」っていう顏。そこからですね、
色々変えていったのは。その試行錯誤した2、3年の歴史があるから、
今は何があっても怖くないですね。あの頃は、変えては変えてはって感じで、
お客さんがつかなかったですね。
――そこから人気店になっていくわけですが、ラーメンのこだわりはありますか?
デビット:こだわりがないことがこだわりかもしれない。
品物でいうと、烏骨鶏とか利尻昆布とか、皆さんの知ってる高いものがあるじゃない。
それを使って、1200円のラーメンを食べる? ぼくはそれよりも、
冷蔵庫にあるものをプロとしておいしくして、安く提供するのがいいじゃないかなって。
でも味だけじゃないからね。結局、味って100%の中の40%とか30%とかなんでしょうけど、
それ以上に人です。従業員ですね。
――従業員にどんな教育を?
デビット:いらっしゃいませ、ありがとうございます、いただきます、ごちそうさまでした、
おはようございます、おつかれさまでした。この6つだけ言いなさいって。
――それだけ?
デビット:6つの挨拶だけ教えてから、3か月間はぼく、何も言わないんです。
楽しんでね、仕事は楽しいものだよと言って。3か月後ですね。
仕事ができるようになってから、目線ひとつから細かいことを教えます。
うちの会社の基本理念が、「誰かのために」というテーマなんです。
人のために生きられるような人間になりなさいと。彼女のためとか、奥さんのためとか、
友達のためとか、親のためとか。店なら全てはお客様のためにとなりますけど。
うちで働けば、どこでも通用する接客ができますよ。
――ラーメン店を始めてから、芸能界を一度、辞めていますよね。
デビット:中途半端でしょ。番組からラーメン店の話が来た時に、
面白いことができればいいなって。芸能界だけじゃなくて、
勝負できるものがあるのかなって。可能性とかにかけてみたくなったんですね。
0か100になるんです、ぼく。
――そこに葛藤はなかった?
デビット:まったくなかったです。当時は事故で、左足の膝から下がほとんど動かなかったんです、
腓骨神経麻痺という状態で。そのきっかけもありますよね。
医者からも、障害保険取りなさいと言われましたからね。
今はダッシュまでできますけど、膝から下の痺れは残っています。
あの頃は毎日、全く動かない足をずっと見ていました。
それで普通の生活をしていたら、ちょっと動くようになって。そこからですね、
必死に毎日、寝る暇を惜しんで動かすようにして。
それから18年くらい経っていますけど、なんとか歩くことができたという。
――おいしいラーメン店の見極め方を教えてください。
デビット:おいしい店は厨房がキレイだね。新店はだめよ、そもそもキレイだから。
こだわっている店は長く営業していても、どこかしらキレイだと思う。
うちも中延本店の厨房は、15年前から使ってますけど、ピカピカですよ。
キレイにしないと従業員を帰さないもん(笑い)。
――さすがですね。年商2億円ですもんね。
デビット:そうですね。一度がくんと落ちたけど、戻したから。
――すると気になるのは、年収ですが。
デビット:まったくもらってなかったんです、芸能の仕事でもらってるので。
ラーメンのほうは、利益があったら半分は従業員にボーナスで渡しちゃうので。
潤った時にはもらうけど。今はちゃんと給料制にしています。
――そうしたら、B21の全盛期のほうが多いですよね?
デビット:そう。今のほうが全然少ないです。でも、やりがいじゃないの?
――実業家であり芸能活動をされている方って結構多いですけど、ライバルは?
デビット:ライバルはわからないな…。でも、はるな愛には説教したことがある。
イベントに呼ばれると、ぼくは必ず顔を出すんです。
ギャラがなくても、お客さんのために行くんです。
するとはるなのお好み焼き屋もイベントに参加してるんだけど、はるなは来てないし、
客が並んでいて回ってないんです。粉ものだから時間がかかるんですね。
それではるなに言ったんです。「なんでお前、顔出さないの?」「営業じゃないもん」
「そういう問題じゃない。お前の看板でお好み焼き屋さんが来てるのに、
お客さんに失礼じゃないか」。すると「私は作れない」
「そういう問題じゃない。営業だったら来るのか。それはおかしいだろ。
両方ともちゃんとやってるんじゃないの?」「はい」って。
――それから、はるな愛さんは顔を出すようになったんですか?
デビット:なってない。
――響いてない!
デビット:賢示(はるなの本名)にはまったく響かない(笑い)
。でも、ああいうキャラだからいいんだよね、お店ってそれぞれの個性が大事だから。
【デビット伊東】
1966年8月12日生まれ。埼玉県出身。ホストクラブで出会ったヒロミ、ミスターちんと共に1986年、コントグループ・B21スペシャルを結成。一世を風靡した。その後『とんねるずの生でダラダラいかせて!!』(日本テレビ系)の企画によるラーメン店での修業を経て、『でびっと』をオープン。現在は7店舗を経営している。一時は芸能界から完全に引退していたが復帰し、俳優としても活躍中。
記事引用元
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20150707-00000006-pseven-ent
個人的な意見意見ですが・・・・
最近、メンバーの『ヒロミ』が再ブレイクして
テレビの仕事が急増していますが、
また、B21B21スペシャルのコントが観たいですね~♪
それでは今日はこの辺で!
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